2019年巻頭言

公益社団法人日本栄養・食糧学会会長 宇都宮一典

公益社団法人日本栄養・食糧学会会長 宇都宮一典

明けましておめでとうございます。2018年5月の大会で私が会長を拝命し、加藤久典副会長をはじめとして、新たな執行体制で学会の運営にあたることになりました。元号の変わる歴史的な年を迎えるにあたり、会員の皆様に御挨拶を申し上げます。

日本栄養・食糧学会は、終戦間もない昭和22年に国民の栄養状態の改善とそのための食糧の研究を目的として発足しました。学会創立50周年記念誌をみると、食糧事情の悪化に伴う国民の低栄養状態にどう対処するか、GHQの助言を受けながら、医学・農学を中心とする学際的な立場から対策を検討する場として、本学会が設立された経緯が詳細に記録されています。その行間には敗戦の食糧難から国民を救おうとする強い焦燥感が伺われます。そして、第1回栄養・食糧学会大会を担当した慶応大学医学部の大森憲太会長は、「医学と農学の結婚」という表現を使い、「大同団結をもって重大難関を突破する」といった鬼気迫る挨拶をしておられ、当時の本学会に託された使命に対する自負とともに重い責任を担う覚悟が感じられます。しかし、その後の我が国の栄養事情は、大きな変貌を遂げることになります。昭和30年代に入り、高度経済成長期を迎え、栄養過多に由来する肥満が健康上の問題となって、「成人病」といった名前が登場しました。そして近年、糖尿病が増加し、その対策が国家的な課題になるに至っているのです。

現在日本人に増えている糖尿病は、内臓脂肪型肥満によるインスリン抵抗性を主病態としたものです。内臓脂肪型肥満は、これまで欧米人の肥満と考えられてきました。しかし、このことは糖尿病合併症の疾患構造の変化に明らかに表れており、従来、日本人の糖尿病の合併症は糖尿病網膜症、糖尿病腎症など細小血管症が主体でしたが、近年では心筋梗塞など動脈硬化性疾患、すなわち大血管症が増加しているのです。これは合併症の病態が欧米型にシフトしていることを意味しており、その背景にはインスリン抵抗性の増大があります。

日本人の糖尿病が変容した大きな要因は、食習慣の中にあります。和食は国際的にも健康食の代表とされていますが、その変化の中に我が国の糖尿病の増加の原因があることも確かなのです。昭和30年代から現在までの日本人の栄養摂取状況をみると、総エネルギー摂取量は減少傾向にあり、栄養素比率では炭水化物が60%から50%に減り、脂質が20%から30%弱に増えています。脂質摂取量の増加、特に動物性脂質が内臓脂肪型肥満、そして動脈硬化性疾患による死亡率の増加につながっていることは、沖縄県にその例をみることができます。沖縄県は旧来、我が国における最長寿県でしたが、戦後、生活習慣の欧米化に伴ってその地位を落とし、沖縄クライシスと呼ばれています。この現象に大きく関わったのが、動物性脂質の増加にあると考えられています。しかし、このような変化は沖縄県に留まらず、日本全国の食卓に起きていることに眼を向けなければなりません。また、和食離れの背景には我が国における社会格差の増大があり、低所得世帯ほど安価で栄養バランスの悪い栄養摂取状況にあって、これが小児肥満の温床になっている事実を認識すべきです。日本人の食は戦後70年を経て、低栄養から過栄養へと変化し、それとともに健康上の課題は様変わりしました。そして、生活習慣病の予防と阻止には、多様化した生活習慣の相違に基づく医療の個別化が必須なものになっています。

日本栄養・食糧学会は発足以来、日本人の食の改善を通して国民の健康を増進することを目指し、栄養学の科学的研究の拠点として、その使命を全うしてきました。このような栄養を巡る困難な情勢の中で、本学会の果たすべき役割は、今後一層大きなものとなると考えています。一方、会員の研究の成果をどのように社会に還元・啓発するか、新たな視点が求められています。私達には科学的根拠に基づいた確かなメッセージを、国民に発信する責務があるのです。折から、2021年9月に開催される第22回国際栄養学会議(22nd IUNS-ICN) に向け、22nd IUNS-ICN組織委員会(委員長:加藤久典先生)の活動が佳境に入ります。学会は新時代に向け、着実に進歩を遂げようとしています。会員各位の御支援をお願いするとともに、本年が皆様にとって良い年になりますよう心から祈念申し上げます。