2020年巻頭言

公益社団法人日本栄養・食糧学会会長 宇都宮一典

公益社団法人日本栄養・食糧学会会長 宇都宮一典

明けましておめでとうございます。昨年は元号が令和に変わり、多くの国家的行事が行われ、新たな時代の幕開けを実感することのできた一年でした。本学会も、役員の方々をはじめとして、学会員の皆さまのご協力により、順調に発展していることを大変嬉しく存じております。

近年、我が国では、これまでにない食への関心の高まりがあります。私達の食を巡る環境は、ここ数年、都市部を中心として大きく変貌しています。様々な食品が調理をした状態で手に入るのみならず、外食産業が昼夜を分かたず、24時間いつでも食品を提供し、気軽に購入することができることから、食材を探して、料理をするといった手間は、求めなければその必要がなくなっていると言って過言ではありません。このようなfast かつready madeの食文化は、シフトワーカーや非正規雇用者などの就業形態の増加に伴って、広く普及し、特に20から30歳代の若年層の食習慣に大きな影響を与えています。また、現在の日本が直面している格差社会の中で、低所得世帯が安価な食品に頼る傾向は否めず、このことが子供の食育に影響を及ぼし、虫歯や小児肥満など、将来の生活習慣病へと繋がる温床が小児期に形成されると指摘されています。かかる事情を背景に、健康によいとされる安易なダイエット法の指南書や、機能性食品表示を皮切りに様々なサプリメントが販売され、過剰な宣伝広告が目に留まるようになりました。これらに関する情報はインターネット上に氾濫しており、消費者が正しく判断して、使いこなすことはもはや困難です。

2013年12月に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたのは、記憶に新しいことです。その理由として、多彩で新鮮な食材とその持ち味の尊重 、健康的な食生活を支える栄養バランス、自然の美しさや季節の移ろいの表現、正月などの年中行事との密接な関わりなど、4つの和食の特徴が挙げられています。単に和食で使われる食材のみではなく、一汁三菜を基本とする日本の食事スタイル、素材の味わいを活かす調理技術・調理道具への趣向など、和食に象徴される日本の食文化が世界に評価された結果であり、その裏には、世界の最長寿国を支える食への尊敬の念があります。また、このような性格をもつ和食は、必ずしも高価な割烹料理として供されるものではなく、長く庶民の日常の食卓に配膳されてきたものです。すなわち、日本人が伝統的に培ってきた、食を巡る様々な所作を表出するものであり、決して特定の食材あるいは栄養素を指してはいません。残念ながら、現在の日本人は、和食を失いつつあります。そして、栄養欠陥に起因する生活習慣病の増加に直面しています。一方、これまでに経験したことのない超高齢化社会に突入し、健康寿命の延伸に向け、高齢者の栄養状態を如何に保持するかといった、新たな課題にも取り組まなければなりません。これだけ多様な栄養学的問題を目の当りにしたことは、過去にはなかったでしょう。何を残し、何を改善すべきか、私達は日本人の食を考える上で、大きな岐路に立っているのです。

日本栄養・食糧学会は発足以来、日本人の食の改善を通して国民の健康を増進することを目指し、栄養学の科学的研究の拠点として、その使命を全うしてきました。栄養を巡る困難な情勢の中で、本学会の果たすべき役割は、今後一層大きなものとなるでしょう。学会が財産とする先駆的なサイエンスを踏まえ、的確なメッセージを社会に発信することが求められています。そのためには、幅広い視野に立った学際的な研究を拡充するとともに、同じような問題を抱えるアジア諸国をはじめとし、諸外国との交流を深め、国際的見識を高める必要があります。2021年9月に開催される第22回国際栄養学会議(22nd IUNS-ICN) に向け、22nd IUNS-ICN組織委員会(委員長:加藤久典先生)が着々と準備を進めています。これを契機に、学会が新時代に向け、大きく発展するものと信じています。会員各位のご支援を願いするとともに、本年が皆様にとって良い年になりますよう心から祈念申し上げます。